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悪魔と狐の物語

空想歴史小説ファンタジーです。人の歴史を見つめ続けた神狐と大悪魔の物語。

妹狐の物語12

それからの旅は順調に進んだ。

ただし、戦いの中で死んでしまった可哀想な人足達は、次の集落で埋葬して貰う事になった。

生き残っていた盗賊の負傷者を尋問した結果、盗賊の出身は次に訪問する村の者だとわかったのだ。

これには稲目様もカンカンに怒っていて、尋問の後に盗賊は鉾で切り殺されたし、次の集落の長には絶対に責任を取らせると息巻いている。

その他の死者の内、数名は日本人ではなさそうな感じだった。

着衣が、ここらの住民風の貫頭衣ではなくて、前開きの羽織物だった。帯も使っていたから、そう思われても仕方ないだろう。

血まみれの顔では、人相の見分けも付きにくいが、目が吊り上がっているのを見ても、これは異国の者達だったのだろうと推測された。

一つ良かったのは、私達が手傷さえ負わなかったことで、道中見る見る内に稲目様の機嫌は良くなって行った。何と言うか、古代の人達はこんなもんだったのだ。

権謀術数に長けた稲目様でもこの有様。どれだけ人が判り易く、あからさまで正直だったかと言う事だ。

 

私としては、徹底的に稲目様に甘えた。そやも稲目様と一緒に私の事を可愛がってくれるし。当時の私もそれだけで満足だったのだ。

次に訪れた集落の長は、それでもこってりと絞られていた。

おかげで食糧も安く手に入り、荷役夫は丁寧に埋葬されたのだ。

稲目様は、埋葬された荷役の下人達を慰霊するために、やはり祝詞を唱えた。

仏教伝来の大元締めとしてはどうかとは思うが、当時の仏教は経典も無く、有識者とやらの独占している秘密の一つでもあったのだから。これは仕方ないことかも知れない。

繰り返すが、当時は日本人の誰も仏教徒は何かを知らなかった。その伝来に大きな影響を与えた稲目様も含めてだ。

 

集落では交易も行われた。布や麻紐、当時の村では鍛冶屋は存在しない所も多かったので、鉄器の道具類、特に刃物は集落の人達も書いたがった。

それらは高価過ぎて全部は買えなかったし、ここには鍛冶をする作業場そのものが存在していなかったので、父が何とかすることもできなかった。

そもそも、この近くには発見されているこれと言った鉱山も当時は無かった。

要は、ここらは後進地帯であって、交易の材料も乏しい。だから、山賊に組する者も出て来るのだろうけど。

 

荷降ろしの最中に、稲目様が何かを見つけて大喜びしていた。

何の気なしに近付いて見物していた私は、その荷物を見て、本当に興味が湧いて来た。

それは、つやつやした陶器の壺に収められていた、見た事のない何かだった。

封を開けていなくても、私にはその何かの香りがわかった。

けれど、そこはそれ、私も神狐なので、人間には正体を悟られたくはない。だから黙っていた。のだけれど。。

 

稲目様は、その封を開いて中身を取り出した。白い粉、香りは山梔子の香りだ。

「それは何?」私は本気で興味を抱いて稲目様に問い掛けた。

稲目様は、それを取り出してにんまりと笑うと、「さえにはまだ早すぎるかもな?」と言って大笑いした。

「これは脂粉、儂等はおしろいと呼んでおる。山梔子の香りを付けてはおるが、これは黄色くはないのじゃ。凄いもんじゃろう?いい香りじゃろう?」と喜んでいた。

「さえには、こんなもの必要ないかもしれませんね。元から真っ白ですよ。この子も、お姉さまも、お母様も。」そやが口添える。

「なるほど・・・・さえには必要ないものかもな?」稲目様は、そういってマジマジと私の事を見つめたものだ。

「稲目様は・・・。その香りが好きなの?」私はその時、どうにかなっていた。そう、私は本当に子供だった。親が心配する様に振る舞ってしまう、困った子供だった。

 

「ああ、大好きじゃな。山梔子の香りは、どの花よりも大好きじゃ。」

甘い香り。後々のアイスクリームの様な香り。

「ささ、もう蓋を閉めるぞ。」と言って、稲目様は壺の口を閉じて、染色された紐を括り直した。

「あれ、まだ香りがしますよ。」そやが呟く。

稲目様も、私も、それに気が付いていた。しばらく、二人の男たちはクンクンと鼻を鳴らしていたが、すぐに何が香りを発しているかを突き止めた。

「さえ?お前が?」稲目様は私を抱き上げて匂いをかいだ。そやも同様に匂いをかいでいた。まるで、獣が求愛する際の動作であったが、これはこの当時の男どもとしては仕方のないことだったろう。

 

かくして、私はそれから15世紀以上もの間、身体から山梔子の香りを発し続けることとなったのだ。

父母の言う事には、これは変化の一種なのだと言う。

私が初めて好きになった異性、初老の貴人にもっと好きになって欲しいと願う気持ちが、私を変化させたのだと言う。

後悔先に立たずとはこのことだった。私は、この時起きた変化を元通りにすることは遂にできなかったのだから。

だから知らないふりをしていた。

不思議な事もあるものだと、微笑みながらそれらの話題を全部スルーしたのだ。

 

その程度のことは、女に生まれて来たのなら、ちゃんとできなくてはならない。

内心では大汗を流していても、それでも気が付かないふり、無邪気なふりをして、不思議ですねぇとしらを切り続けたのだ。

しかし、意に反してと言うか、実は狙いのとおりなのか。

私が稲目様から抱き上げられることはそれから多くなった。そのことに、私は何の不服もなかった。