悪魔と狐の物語

空想歴史小説ファンタジーです。人の歴史を見つめ続けた神狐と大悪魔の物語。

妹狐の物語15

「襲って来ますかね?」稲目様に対して、護衛の隊長は小声で聞いていた。

「襲って来るだろうな。来るとすれば夜かな。存外、あ奴等こそがまさに土匪なのかも知れんぞ。あれらが明石の兵隊と言うのも怪しいもんじゃ。飾磨あたりの兵隊でなければ、ここまで越境して警備できるとは思えんしの。なにしろ、知らぬ顔の兵隊がうろついて、怯えぬ良民などおらん訳じゃからな。」稲目様はそう答えた。

「ここらの土豪が、あんな連中がうろついているのを黙って見ているとは到底思えんわい。」

「みよしとひでのやり取りを聞いておりましたが、あれは本当にひでが先任の兵隊で、みよしは副官である様でした。我らの人数を見て、犠牲なしには勝てぬと思った故のとりなしではないかと思えます。」

「では、もっと人数を集めて来ると言う事か?」稲目様はげんなりした様子で答えた。

「はい、見えただけでも対岸に20人ばかりおりました。しかもあの桟橋をご覧ください。」桟橋は、板は割れており、手入れをしている様子もなかった。多分、流れに対して位置が悪いのか、何度か洪水で飲まれた関係で他の場所に移設され、破棄された桟橋であるようだった。

あのみよしの言葉も嘘だったのだろうか。

「弓と矢を全て出しておけ。それと、迎え撃つのに良い場所を見つけよう。」

後々に思ったのだが、稲目様は実戦の経験が豊富だったのだろうか?もちろん、大連なので軍務にも就いた事は多かったのだろうけど。

それにしても、私が見た最後の戦いでは、稲目様の采配は見事の一言だったのだ。

私達は昼なお暗い、うっそうとした林の中に入り込んだ。

そこにはほんの小さな池と何かの塚があり、私達はその塚の近くに陣取った。

荷車は池のほとりに置かれているのが2台。塚の近くに置かれているのが2台で、塚の近くの荷車は、例によって木箱を降ろした後に、立てかけて簡易の防壁とした。

林からは道が2本通っているが、それ以外は集団が通って来る事は難しい。

 

襲撃は夜中にやって来た。

私は、今回は偵察役を買って出た。もう、父と母は「毒を食らわば皿まで」と諦め切っている。稲目様も、頷いて「頼む」とだけ言ってくれた。

母と姉は、塚の前で焚火を焚いて動き回る役目だった。ご丁寧に、桂甲を着せた兵隊人形相手にいろいろと世話を焼いている風を演じている。

それを見つめていた二人組の斥候は、一人が林の外にいる本隊に伝令に向かった。

私はそれを見て、音もなく稲目様の所まで走った。

その間に、兄はこっそりと斥候の後ろまで忍び寄って、棍棒の一撃で斥候を気絶させた。

一か所の林道は、あちこちに釘を打った板が敷かれた。

稲目様は父に頼んで、木を薄く切り、釘を打ち込んで貰っていたのだ。

もう一カ所には、稲目様の護衛がびっしりと詰めていた。

今風に言うと、これは各個撃破と言う事なのだろう。片方の兵隊を潰し、その後にもう片方を潰すと言う戦術だ。

林の外側に待機していたのは、大体50人程の兵隊で、半分程も音のする桂甲は脱いでいる。全員が鉾と剣、あるいはそのどちらかを持っているが、弓矢の持ち主はそれ程多くない。10人いるかな?

持ち運びに不便で、今回の様に人数の差が大きいと、夜陰に紛れて、叩いて殺してしまう方が楽は楽なのだろう。

ともかく、彼等は奇襲で一撃で私達を皆殺しにする算段だったのだろう。生憎だったけど・・・。

 

 「女は殺すなよ。男だけだ。」そんな呑気な事も言っていた。

 さて、こちらは兵隊はそやと後3人だけの組だ。10人は稲目様と共にもう一本の林道を固めている。両方とも、剣を構えた白兵戦部隊が敵を食い止めて、隊列が通り過ぎた後ろから弓隊が3人ずつ撃ちまくってから、その後は剣を抜いて包囲すると言う作戦だ。

ただし、こちらの方は土をかぶせた釘と板で足止めして、横から槍でそやが突きかかる。反対側の私と兄は石礫を投げてから退散。後ろから弓が二人出現して射撃。こんな感じだ。足止め以上は何も期待されていない。

まずは、どちらが網に掛かるかだ。護衛の隊長は、数名を連れて前に立ちはだかる。稲目様は林道の外からこちらの本隊と挟み撃ちにするために弓を3名を連れている。

最後尾の後ろから、気付かれない様に追尾して、ここぞと言う時に弓を射るのだ。

稲目様の傍には父が付いている。父は槍を振るうまでもないだろう。

ちょっと相手を見つめるだけで良いのだ・・・・。

 

戦闘は深夜、後の丑三つ時あたりに始まった。

こっそりと足音を忍ばせて、馬鹿な土匪達は奇襲を狙って進撃して行く。

私達の方にやって来る組のリーダーは、どうやら例のひでと言う背の高い根性曲がりである様だ。

ほとんど同時に、2人の賊が釘を踏み付けた。大きな声をあげる馬鹿な兵隊に、更にひでが追い討ちを掛けて、狂った様な怒鳴り声をあげてしまう。

この時点で、不意打ちを狙っていたにしても、相手は誰もが起きてしまっていただろう。

ただ、斬り抜けられる人間相手ではなく、真っ暗な闇の中で釘をどうこうするのは、松明を持たない奇襲部隊には不可能な技である。

私と兄は、ほぼ同時に、賊の弓矢を持った者を石礫で狙った。兄は相手の頬を打って、横と前の歯を全て叩き割り、地面の上でのたうち回らせた。

私も弓矢の兵隊を狙った。ただし、相手の手首を狙った。一発で手首は奇妙な方向に折れ曲がり、やはり悲鳴が巻き起こる。

その時、あらかじめの計画のとおりに、弓を持った兵隊が林の暗がりの中から躍り出て、釘を打ち付けた板を転がし始める。後は、それらしき場所に対して弓矢を打ち込むだけだ。悲鳴が上がる。「後ろから矢を射る者がおるぞ!」と言う声があがる。

単にそれはパニックを助長するだけで、それで前に押されて釘に刺さる者、横から出現したそやに槍で突き殺される者、慌てて方向を見失い、後ろに戻ろうとして弓矢に当たる者。

その場に立ち止まって鉾を振るおうとした者もいたが、所詮は開けたところでしか使えない武器だ。木々の中から槍を繰り出す小柄なそやには当たらない。

桂甲を着た兵隊は、まず肩のあたりを突かれ、鉾を取り落とした。その後には剣を抜く前にそやの槍が喉を捉えた。

 

更に悲惨だったのが、もう一つの部隊だった。彼等は首尾良く林道を抜けるところまでは果たした。抜けた瞬間に、本当に僅かな星と月の灯りの中から稲目様の護衛が鉾と剣で襲い掛かった。2人ずつしか抜けられない出口で、剣と手盾を持った完全武装の兵隊が2人立ちはだかり、その横からは鉾を振り下ろす2人が援護する。

うろたえ騒ぐ賊の後ろから、稲目様と3人の弓兵が襲い、応戦しようとした2人の弓兵の賊は、父が弦の根本を焼き払った為に何もできない間にこちらの弓の餌食となった。

稲目様の弓隊は、更に前進して敵の背中を着実に捉えて行く。

前列は5人を仕留めて、それ以上は誰も前進しない。後列は5人を射止め、更に戦果を拡大している。

前列の護衛は、遂に鉾を捨てて剣を抜く。そして林道の出口に陣取って動かない。前に出て来る者があれば、それに剣を振り下ろす態勢だ。

代わりに、剣を持っていた兵隊は盾を捨てて弓を構える。賊が前に出て来ないなら、こちらからわざわざ進んで行く事もない。狭い暗い場所に踊り込む等、勇敢な行為に見えて実は単に無謀なだけだ。

両側から弓を射られて、更に5人程が倒れる。賊は壊滅して、林の中に武器を捨てて逃げ込んだ。

一人が足元の木の根に躓いて転ぶが、その背中に弓兵の抜いた剣が振り下ろされる。

逃げたのは5名と少しだ。

 

こちら側も勝負は付く寸前だった。石礫と矢に追い立てられて、賊は前に進むしかなくなっている。林道の脇に向かえば、そやが槍を持って突いて来る。反対側からは骨を砕く石礫が投げられる。後ろには弓矢が向かって来ると放たれる。

遂にそやは3人目を倒し、弓と石礫が10人を戦闘不能にしていた。

釘は猛威を揮い、5人の足を地面に縫い留めて、倒れたところで顔を釘で傷つける者まで出て、大騒ぎになっている。

ひでは、そやの槍を肩に受けて鉾を既に持てない有様だ。怒鳴り声と呪詛を吐き散らす汚い口の付近に小石が当たって、前歯を砕いて、唇と鼻の下を切り裂いてしまう。前かがみになったところをそやの槍が突いて、眉と目を切り裂く。その勢いで、冑を叩き落とし、耳のあたりまで切り裂かれた。遂にひでは地面に転倒した。

そこには釘が待っていた。

 

桂甲と冑を着込んだ兵隊は、鉾を捨てるとそやの居る林道脇に逃げ込んだ。そやはもう一人の兵隊相手に戦っていたので、それを取り逃がした。

数名がそれに続いており、武器を取り落として逃げて行く。

そやが一人を突き殺し、林道に二人だけ残った賊は林道脇から出て来たそやと、後ろから迫る弓兵(もう矢は射耗して抜剣していたが)に挟まれた。

賊は長柄の武器を持つそやを避けて、退路を弓兵の方に求めた。

鉾を剣で受けた一人の弓兵は、残った賊の剣を避けられなかった。鎧の隙間に剣が刺さり、くぐもった悲鳴をあげて兵隊は倒れた。

後ろからそやは槍を突き出して、鉾を持った兵隊を突く。甲に当たってそれは致命傷にならなかった。弓兵はもう一人の剣を持った賊の左側から斬りつけ、次に斜め右からの一撃を見舞った。

賊と言っても本来は兵士なのだろう。十分に手強く、護衛は手を焼いた。

そやに向き直った鉾を持った賊は、次の一撃を避け損ねて左肩を傷付けられた。

次に太腿を突かれたが鉾で反撃して来た。しかし、速度も軌道もフラフラと言う感じで、槍に払われてもう一度肩を突かれる。

鉾を取り落とし、剣を抜こうとしたが、背後からもう一人の賊が護衛に押されて後退したのにぶつかってしまった。

護衛は賊を一人斬り倒して大けがを負わせた。鉾を持った兵隊は逃げる方向を探そうとして、そやに突かれて蹲った。

 

そやが戦闘不能になった兵隊を始末している間に、私と兄は釘の刺さった板を取り除ける作業を行っていた。

泣き声をあげる賊を無視して、武器を取り上げて行く。暗闇の中でも、私達二人は何の問題も無く釘を見つけられた。後は土をどけて、板を横に避けるだけだ。

釘の刺さった賊の板だけはそのままにしておく。それ以外は手早く片付けて、そや達の通り道を確保するのだ。

ふと見ると、血だまりの中でひではまだ生きていた。耳は千切れ、頭は槍と釘で傷付き、歯も唇も酷い有様だった。

ざまあみろ、そう思った。こんな奴に何の同情も必要ない。兄も同感である様だ。ひでの有様を見ても何の反応も示さない。

 

そやは疲れている風ではあったが、弓兵の生き残りと共に、仲間の死体を担いでいた。

傷付いた賊を見て、「お前達、死にたくないなら歩いて俺達と来い。動けないならここで殺す。」そう言い放った。

賊たちは泣き叫んだが、一人をそやが突き殺すと、もう一人は立ち上がろうとした。

しかし、足の甲を貫通した釘が抜けず、その場でまたしゃがみ込んでしまう。

兄が板を乱暴に引き抜いて、賊は悲鳴をあげる。

「それで動けるだろう。さあ、俺達の前を歩け。」静かにそやに告げられて、賊はびっこを引いて歩き出す。この賊、既に泣き始めている。勝手なものだ。

ひでは、兄が髪の毛を掴んで引き摺って行った。どうせ殺されるのだろうけどね。

 

この様に、私達の今回の旅で、最も大きな戦いは終わった。