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妹狐の物語1

さて、私が何時生まれたのか、それはもう覚えていない。

幼い頃の記憶は極々曖昧だ。当然だろう、私は生まれた頃は単なる獣同然だった。

けれど、他の獣たちと一つだけ違うところがあった。

 

私の両親は、揃って神狐だったのだ。

神狐とは?それは、人の言葉を理解する、魔力を持った狐の事だ。

実際に私達は狐なのかどうかはわからない。しかし、本体は確かに狐の姿をしている。

けれど、普通の狐と私達では考えそのものが違う。言葉も通じない。

人が猿を見て感じる気持ちはどうなのだろう?

私達も同じ様な気持ちを、普通の狐に対して抱いていると思う。

似て異なるもの、阻害こそしないが、彼等とは何のコミュニケーションも取れない。

 

だからこそ、私達、神狐は人に交わって暮らすのが普通なのだ。

子供の頃から、私と兄、姉は人が人に化ける何かを恐怖する事、人は躊躇いなく正体のばれた神狐を殺そうとする事を両親から教わった。

私なんかはその言葉に震え上がっていた。そんな危険な生き物とどうやって共存するのだろう?

それと更に大事な事、人を殺してはならないと言う事も教わった。

 

実際、神狐と人では武器と鎧があっても、全く勝負にならない。

だからこそ、人は殺してはならないのだとも得心する事となったのは、私がほんの小娘だった頃に、邪悪な神狐が暴れまわっていたのを目撃したからでもある。

その時の凄惨な人々の犠牲も見た、その神狐の自業自得な末路も見た。

 

私の人生?とは、様々な人達や魔物達との出会いと別れの連続だった。

今、私と私の周囲の者達は、私達の時代の終わりをハッキリと自覚する様になった。

だからこそ、今までの事を書き留めておこう。皆でそう決めたのだ。

それは本当に長い長い物語だが、本筋を書き記すとなるとそれほどの長さにはならなかった。

他の者達も同様である様だ。

皆が苦笑しながら、要約された自分達の長い長い物語を他の者達に回している。

「だからさ、次に俺達が書くべきなのは、俺達が出会った人達の事になるんじゃないかな?」彼は言う。

周囲の者達も、それには大賛成だ。

そう、私達は結局は脇役でしかないのだ。この世界の主役は、常に人間だった。

「全く、とっても沢山のサイコロみたいな本ができあがるのね?」

一同が爆笑する。

「それと、この世界を去って行った俺達の仲間の物語もだ。」

それにも一同は揃って賛同する。

私の人生に大きな影響を与えた彼、魔導書ゲーティアにも名前を連ねている大悪魔ヴァサーゴが続けて朗々たる声で雄叫びをあげる。

「称えよう、同胞達を。称えよう、高貴な人間達を。そして悼むのだ、死んで行った全ての者達を。」

一同、揃って首肯する。

そう、私達は全ての死者、全ての生者の擁護者なのだから。

「書き記しましょう。全ての想い出の中の人達を。」

穏やかな目で私を見つめる彼等、人間達が悪魔と呼んで恐れる者達。

そうだ、彼等についても書き記さねばならないだろう。

私は、人間達が作り上げた利器の一つ、コンピューターに向かい、そこに文字を打ち込んで行くのだ。脳裏に広がる沢山の人達、とても書ききれない。

けれど、書き記さねばならない。それが本来の私の仕事だったのだから。

極静かに、急がずに、しかし、着実に想い出は私にキーを叩かせた。