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妹狐の物語21

やがて、ひでの兄達は屋敷を辞去して行った。 少し遅くはなったが、死んだ兵隊達も正式に慰霊が行われるのだろう。ひでも同様に。 それとすれ違う様に、多少遅くなったけど、弥栄の一門が稲目様を訪ねて来た。 昨日よりも更に多くの人数で、贈り物も荷車二台…

妹狐の物語21

やがて、ひでの兄達は屋敷を辞去して行った。 少し遅くはなったが、死んだ兵隊達も正式に慰霊が行われるのだろう。ひでも同様に。 それとすれ違う様に、多少遅くなったけど、弥栄の一門が稲目様を訪ねて来た。 昨日よりも更に多くの人数で、贈り物も荷車二台…

妹狐の物語20

朝から私達は早く起きて支度をしていた。 まだ、明石国から出る訳ではない。むしろ、食糧の提供を受けられると言う事で、数日間は逗留する事となったのだ。 朝餉は、例のごとく母の役目だ。屋敷には、沢山の食糧が運び込まれていた。 特に、干した柿があった…

妹狐の物語19

舟の上から見ると、戦死した兵隊達の周囲で、沢山の兵隊達がしゃがみ込んで泣いていた。 本当に殺され損としか言えない、哀れな死に方だった。 何故、ここまで悲しい事になったのか。父と稲目様のお話、父からの説明があった後も、私には良くわかっていなか…

妹狐の物語18

みよしは、武装もせず、身なりを整えた姿で現れた。 おそらく、明石国の長から、稲目様の先導を命じられたのだろう。 ところが、帰ってみれば恐るべき事態が出来していたと言う事だ。 彼の振る舞いは、それでも沈着なものだったが、やはり無理をして自制して…

妹狐の物語17

夜が明けた。 その夜明け前の深夜に、殺しも殺したりと言う程に、私達の一行は明石国の兵隊を殺してしまった。 彼等が賊ではなかったと理解できたが、だからと言って、殺してしまった相手側の者達も、死んだこちら側の護衛も生き返らない。 死んだ者は去って…

妹狐の物語16

夜はまだまだ深かった。 戦闘の時間はおおよそ20分そこそこだった様だ。 母と姉が負傷者の治療と、傷口や当て布を洗う湯を用意した。 幸い池のほとりなので、清浄な水が沢山手に入る。 さて、これからは拷問の時間でもあるのだ。 賊はブルブル震えながら稲…

妹狐の物語15

「襲って来ますかね?」稲目様に対して、護衛の隊長は小声で聞いていた。 「襲って来るだろうな。来るとすれば夜かな。存外、あ奴等こそがまさに土匪なのかも知れんぞ。あれらが明石の兵隊と言うのも怪しいもんじゃ。飾磨あたりの兵隊でなければ、ここまで越…

妹狐の物語14

それからの旅路に特筆すべきものは無かった。 少なくとも、加古川に到着するまでは。 稲目様は、増水する前ならば、川を船で馳せ下って来るのが一番早かったと言っていたが、雪解けの後の古代の加古川は、現在の様な堤防も無く、単なる危険な大きな川でしか…

妹狐の物語13

その後の道中は、比較的だが平穏であった。 山賤どもが何度か姿を見せたが、それらは全て撃退された。 と言っても、血を見るまでに肉薄して来た山賊たちは居なかったのだけど。 最近では、稲目様が私を見る目線には、明らかに普通の人間を見る以外の目線が混…

妹狐の物語12

それからの旅は順調に進んだ。 ただし、戦いの中で死んでしまった可哀想な人足達は、次の集落で埋葬して貰う事になった。 生き残っていた盗賊の負傷者を尋問した結果、盗賊の出身は次に訪問する村の者だとわかったのだ。 これには稲目様もカンカンに怒ってい…

妹狐の物語11

双方の先鋒が睨み合う中、姉は近くの山の上を走る人影を見つけた。 「あそこです。」そう指差す先に、数名の武器を持った山賊がこちらを覗っているのが見えた。稲目様は露骨に顔をしかめて、後ろの列に警戒する様に促した。 「儂も後ろに加勢する。」父はそ…

妹狐の物語10

初夏の旅は途中までは何と言う事も無く過ぎた。 船は中海を超えて、砂浜の続く因幡の国をすいすいと通過して行く。 途中、現在の鳥取県の倉吉町に寄って、船を点検する。足りなくなった真水は青谷と言う場所の船着き場近くの岩場で補充した。 その後は現在の…

妹狐の物語9

私達は須佐を出発する。 母はその直前まで、貰った絹の反物を切って、それに細かく刺繍を行っていた。 母の作った被り物と肩掛けは、花柄で美しく刺繍されていた。 それを受け取った村長の妻は、村の娘の花嫁衣裳として使うと言って涙ぐんでいた。 薬師の家…

妹狐の物語8

その頃の私の外見は、大体6歳から7歳位の外見だった。 手足は細く長く、大体1000年以上先の外見であったと思う。 この頃の私は、自分で言うのも何だが、可愛い盛りで、既に12歳、当時の結婚可能な年齢に達している姉とはまた違う意味で人目を引いた…

妹狐の物語7

春が来た。正月(現在の2月)以降は大雪も降らなくなったが、私達はそれでも雪に閉じ込められながら、ひたすら備蓄していた食糧で食いつないでいた。 実際、本性を現して、狐の姿になれば山の中できちんと獲物は見つかるのだが、それは最後の手段である。 …

妹狐の物語6

私達は、こんな降ってわいた様な災難に見舞われながらも、何とか出雲に辿り着いた。 出雲の国は、当時は製鉄をほとんど独占していた。 製鉄と言っても、その鉄はほとんど武器だったのだが。 九州で発生した古代の神道、それがアマテルを頭にした宗教勢力だっ…

妹狐の物語5

巡邏の兵隊、5人程の分隊が私達の家族を呼び止めた。 今は交代したばかりの兵隊が任那駐屯の日本軍には多くなっている。 季節はまたしても秋。ここに定住しようとする兵隊以外は、毎年少しずつ入れ替わって行く。冬の季節、現在の11月から2月を除いて、…

妹狐の物語4

往路は人の身なりで、復路は獣として野山を走る。 私達は目的を果たせないと悟れば、その瞬間から果断に来た道を引き返す。 私は自分も含めた家族の変化の術について、この時に疑問を抱いた。 もっと醜い姿に変化すれば良いのではないか。そう思ったのだ。人…

妹狐の物語3

初めて行く朝鮮半島。 今も忘れられないのだが、当時の朝鮮半島南部は、日本人が沢山住む別天地だったのだ。 私達の両親は、その頃は日本の里で陸稲を育てる小作を行い、時には鋳掛も行い、時には製鉄や青銅の鋳造も行った。 それでも、長い間は同じ所にいら…

妹狐の物語2

私自身の略歴を簡単に話して置こう。 私が生まれたのは、現在の暦で5世紀の頃だった。 それよりも先に生まれた姉と兄。姉はたえと言う名で、兄ははせと呼ばれていた。 父母はそれぞれにかぬちべ、やめと名乗っていた。 全員今の九州で生まれた。当時の九州…

妹狐の物語1

さて、私が何時生まれたのか、それはもう覚えていない。 幼い頃の記憶は極々曖昧だ。当然だろう、私は生まれた頃は単なる獣同然だった。 けれど、他の獣たちと一つだけ違うところがあった。 私の両親は、揃って神狐だったのだ。 神狐とは?それは、人の言葉…